北区・王子神社

名だたる武将たちに崇拝されていた神社

王子神社は、東京都北区にある神社で、伊邪那岐命や天照大神など5柱を祀っています。
その創建については、詳しいことが分かっていません。
しかし、源義家が奥州を征伐するために軍を動かした時、この神社に立ち寄って戦勝と安全の祈願を捧げたとされていますので、少なくともその時代にはかなり知名度が高い神社となっていたことが分かります。

その後も、戦国の時代にはこの地に入った北条氏が、この神社にわざわざ赴き参拝を行うとともに、朱印状を差し出したという記録も残っています。
さらに、江戸幕府を開いた徳川家康も、王子神社を重要視し、寄進物を渡したり、将軍家が参詣する祈願所としたりしました。
こうした経緯もあって、江戸時代には「王子権現」と呼ばれ、一般の人々からも大きな信仰を集めました。

このように、王子神社は古い歴史を持ち、時の有力な武将たちに崇敬されてきたことが分かります。
その思いは庶民にまで及び、時代を通じて多くの人々が祈願や感謝を捧げるために、参詣に来ています。

子育大願のご利益を求めて多くの人が訪れる

王子神社では、いろいろな縁起やご利益があるとして、様々な祈願がなされています。
その中でも、子育大願は有名です。

というのも、江戸時代の初め、病がちだった後の三代目将軍、徳川家光を連れて徳川家康がこの神社を訪れ、健康の祈願を捧げ、その後健やかに育ったという謂われがあるからです。
このような出来事にあやかるため、現在でも初宮参りや七五三など、子どもに関わる祈願が盛んで、子どもを連れた親御さんたちの姿を境内でよく見かけます。

また、それに伴って安産祈願や健康回復などのご利益にもつながるとして、こうした祈願をする人の参詣も多く見られます。
昔の時代から、人々の健康と成長に関わってきた神社ですので、多くの人に感謝され慕われてきたという歴史を持っています。

田楽が披露される特色ある槍祭

こちらの王子神社でも、他の神社と同じように、毎月のように祭礼や行事が行われています。
その中でも特徴的なのが、槍祭と呼ばれる例大祭でしょう。
この祭りの名前の由来は、祭りに際して、古代から伝わる「御槍」というお守りが出されることにあるようです。

こちらの例大祭では、数々の神輿が氏子町内を回り、美しい神輿の数々が神社の鳥居をくぐって宮入りしていく様子が見事で、その姿を見ようと神社の前に多くの人が集まります。
慣例として、王子神社自身は宮神輿を持っていませんが、たくさんの神輿が出されるのも興味深いところです。

また、その後には、伝統芸能である田楽が舞われ、大勢の人の前で披露されます。
無形重要文化財にも指定されている、伝統あるものですから、この田楽を身に王子神社を訪れてもいいかもしれませんね。