中央区・常盤稲荷神社

常盤稲荷神社の由来

太田道灌が室町中期、長禄元年に江戸城を築城する際にできたのが常盤稲荷神社です。
京都伏見稲荷大神の御分霊を頂いたことで、常磐稲荷と名付けられ、同城の守護神とすることになります。
この後、徳川家康公開府の際、江戸城の拡張工事が行われました。
この時に、社寺は現在の常磐橋なお足りに移されています。
元々はこの常磐橋、大橋と呼ばれていたのですが、常盤稲荷神社がこの地にうつったことで、常磐橋と名を改称しました。

社殿には太田道灌の額面に歌が詠まれたものが飾られていました。
後、長浜町、日本橋魚市場内に社殿が移り、市場の守護神水神大神を拝殿にお祀りし鎮座されることになりました。

日本橋魚市場に移り水神大神が守護神に

日本橋の魚市場は、当時大変なにぎわいがあり、ここで行われている水神祭は、神田祭、三天王寺祭と共に、大江戸の名物といわれるほど有名でした。
水神大神は後、明治34年になって神田神社境内に移されることになり、水神社と改称します。
この水神社は、現代、築地市場の守護神として市場の方々に信仰されています。

合祀されている末社産千代稲荷神社御祭神は、倉稲魂命、三穂津比売命の二柱の神様がお祀りされています。
ここでは、古くから安産の神様として霊験あらたかとされており、ここには多くの女性が安産祈願に訪れていたとされています。
御礼参りには桜の若木が奉納されるという風習があり、当時この魚市場は春になると満開の桜を見る事が出来、美しい市場とされていたのです。

震災後の区画整理

震災後、区画整理があり、日本橋魚市場内にあったものが、現在の場所に換地されました。
境内には道灌神社・江戸神社・青淵神社・祖霊社があり、神社相殿に水神がお祀りされています。

合殿水神は大市神交易神とも呼ばれ、魚市場の人々が祭祀してきたものですが、水神祭というのは、このあたりの商店街の方々が商売繁盛を祈願するため、長浜町の水神を小田原町に祀って、9月に神輿、山車を仰々しく練って歩いたものです。
水神は神田神社旧神官甫喜山景雄が家に持って伝え、明治6年、常盤稲荷神社に合祀の儀を行い遷座鎮祭しました。

安産祈願の神として

現在は様々な願いを込めて多くの方が御祈願、参拝に訪れるこの常盤稲荷神社ですが、以前は安産の神様として祈願される方が多かったといわれます。
合祀されている末社産千代稲荷神社の御祭神がイザナミノミコト、国つくりに関わりイザナギノミコトと共に夫婦神となった方なので、安産祈願としての信仰が深まったのでしょう。
お産で亡くなることも多かった昔の方々は、安産できること、健康な子供を産むこと、しっかりと育てられるようにという気持ちを持って、安産祈願に訪れていたと思われます。