中央区・茶ノ木神社

お茶の木さまといわえた茶ノ木神社

お茶の木さまと古くから親しまれ、現在もそうしたしまれている茶ノ木神社は、御祭神に倉稲魂大社、伏見系の稲荷様です。
元々この地域は、徳川時代に約3000坪という敷地を持った下総佐倉の城主、大老堀田家の中屋敷でした。
この御祭神はその守護神として祀られました。

社の周囲は土壌芝の上、丸く刈り込まれた茶の木がぐるっと植え込まれていて、茶の木の緑が非常に美しく、とてもキラキラと輝いていました。
その見事な茶の木の緑の実があったことで、この茶ノ木神社という名前が付きました。

屋敷は町が火災になっても焼失しない、いつごろからか、そのようにいわれるようになり、周囲の人たちから火伏の神と崇められていました。
堀田家は年1回だけ初午祭りの当日だけ開門していました。
一般の人たちも参拝ができるということで、この茶ノ木神社は、近隣の一般民衆から大変親しまれたといわれています。

昭和60年に布袋尊をご遷座合祀、日本橋七福神へ

昭和60年、布袋尊をご遷座合祀されこの事から日本橋七福神となります。
布袋様は実際に実在した中国唐代の禅僧、阿弥陀菩薩の化身といわれています。
そのお顔が非常に福徳円満で、その相が福を呼ぶといわれ、世の中が混とんとしていた中に、ふくよかで大きな腹をして、袋の中に一杯の宝物を入れていて、人々に福をもたらしてくれると評判でした。

その福を持った神様が合祀され、日本橋七福神となった茶ノ木神社ですから、当時の方々は幸せを求めてこの神社に多くお参りしたでしょう。
現在も、和合成就の神様として崇められ、沢山の方々が茶ノ木神社へ訪れています。

神社の全景をみるとよくわかる茶の神社

神社の全景をみるとこの神社が茶ノ木神社と呼ばれる所以がよくわかります。
神社の左右には植え込みのお茶の木が美しく茂っています。
通常神社の境内にお茶の木があるとは考えられないのですが、ここは当たり前のように茶の木があるのです。

神社の横にはお稲荷様のお姿、鳥居、非常に美しいたたずまいです。
決して大きな神社ではありませんが、この地域の皆さんがこの神社をいつくしんでおられるのがよくわかります。

社殿の彫刻をみるとお狐様が彫られています。
神額には茶ノ木神社という文字、日本橋七福神の一、布袋尊は小さくともこの地域の福を招く神社として今もしっかりとこの地域を見守っているのです。

大火の中でも火災にあうことのなかったことから火伏の神として祀られるようになったこの茶ノ木神社は、布袋尊を配置されたことでますます福があるといわれ、今日までずっと参詣されています。
現在も、地域の方々がこの茶ノ木神社をお参りし、心から幸せと火災に合わないように守ってくださいと祈りをささげています。