中央区・三光稲荷神社

町の中、真っ赤な鳥居が目印の三光稲荷神社

旧長谷川町の絹布問屋であった田原屋村越庄左衛門、木綿問屋建石三蔵という両家が江戸初期に建立したという説、さらに中村座に出演していた大阪の歌舞伎役者だった関三十郎が元禄2年以前に建立したという説もあります。
大正13年には、区画整理の対象となり旧長谷川町と旧田所町が合併し、現在でいえば堀留町の場所となり、同時に田所大明神も三光稲荷神社に奉祀されたと伝えられています。

中村座に出演していた歌舞伎役者が関係している?

当時、大阪からこの地に歌舞伎の舞台、中村座に出演するために来ていた歌舞伎役者の咳三十郎が伏見から勧請したとも伝わる三光稲荷神社は、江戸惣鹿子に元禄2年に記載があることから、これ以前の建立と考えられます。
このあたりには当時、近隣に吉原、さらに歌舞伎小屋などがありにぎわいを見せていたところで、中村座のほかに近くには市村座、そのほか操り人形、さらに人形浄瑠璃の店などがあり、こうした興行でにぎわっていた地域でした。

江戸落語には三光新道、三光神社といった話が登場するので、この当時、このあたりがかなりにぎわい、商店なども多かったと想像できます。
またこの三光稲荷神社には、古くから子供や娘、また芸妓などが参詣する事が多く、言い伝えによると、ネコを見失ったとき、この三光稲荷神社にお参りすれば、きっと見つかるという霊験あらたかな神社として伝わっていたといいます。
ネコがいなくなり、この三光稲荷神社にお参りし見つかったという人は、ネコの置物をお礼に建立するという習わしがあり、この猫の置物や石碑は現在も見る事ができます。

猫に関する願いをかなえる

かわいがっていた猫がいなくなったとなると、当時も大変なことでした。
動物をかわいがっている人にとって、いなくなれば仏様にも神様にもお祈りして、どこにいるか探してくださいという気持ちになります。

当時もきっとそういう気持ちで猫を探していたと思うのですが、三光稲荷神社にお参りすると、不思議と猫が見つかったというのです。
現在でも、よろず猫に関する願い事御利益ありとされていて、猫好きな人にとってすがりの神社となっているのです。

現代はペットブームと呼ばれる時代です。
猫がいなくなった時、この三光稲荷神社を訪れて祈願されている方は多いといいます。
なぜいなくなった猫を見つける事ができるのかというと、この三光稲荷神社にはなぜか昔から猫が寄るといわれているのだそうです。

つまり近隣の猫なら、この三光稲荷神社に集まってくるので見つける事ができるという事なのでしょう。
もしもこの三光稲荷神社に御祈願に来て、いなくなった猫を見つける事が出来たら、猫の置物などをしっかり奉納しましょう。